第二回は、商用化に向けた量子コンピュータの実際の活用事例をご紹介します。


第二回 いま現実世界で実現されている量子コンピュータの応用実例

発展途上中とも言える量子コンピュータを活用した事例もいくつか出てきていますので、筆者が特に目についたものに関して数点ご紹介します。

こちらのニュース記事の見出しは、2022年3月28日に東大松尾研発のELYZAが発表した文章執筆デモサイトで制作しました。

参考:https://elyza.ai/

 

広義な意味での“人工知能の世界”では、ディープラーニングを学ぶ人が増え、画像解析・自然言語処理技術を組み合わせた実用事例が多く見られるようになりました。

まだまだ指数関数的に事例が増えているとは言い難い状況ですが、2007年頃から本格的に統計学を学ぶ傍ら機械学習アルゴリズムに触れてきた筆者は、ここ数年で人工知能が急速に進歩していることを日々実感しています。

何故ここで敢えて人工知能を例に出したかと申しますと、量子ビット工学技術は1982年に科学的理論が提唱(実証ではありません)された、既に約40年の歴史を持つ決して新しくはない技術であるという点を再認識するためです。

つまり、第一回で述べた「従来型コンピュータ」はCPU・メモリなどハードウェア発展に伴い、プログラム・OSがより精度の高いものへ機能向上し、それが故に利活用シナリオが多く展開できる土壌ができあがったことが今日の日常生活に欠かせないものとなったインターネット社会をつくり、人工知能を利活用した新しいビジネスモデル・イノベーションの発展に貢献しています。

対して量子コンピュータの実用事例は従来型コンピュータと比較するとそれほど日の目を見ることがない・積極的に活用されているとは言い難い状況です。

量子コンピュータの実用事例が目につくほど出てこない理由の一つは、量子力学において「デコヒーレンス」と呼ばれる、量子ビットの脆弱性を未だ克服できていないことです。

デコヒーレンスとは「量子力学的重ね合わせ」と呼ばれる状態が外的要因によって破壊され、量子上の情報が失われる現象のことを指します。デコヒーレンスを低減するため、現在量子ビットの製造過程に主に超伝導量子ビットとイオントラップの2つの方法論が採用されており、それ以外の新しい技術開発・及び研究も進んでいますが、残念ながらまだ実証に至っていません。

デコヒーレンスに関しては、英語ですが次のYouTube動画で説明されています。

出典:Quantum superposition of a particle in both a ground state of energy and an excited state by Alexandra Hopkins
https://www.youtube.com/watch?v=LI_b4CG7yhg&t=1s

量子コンピュータを語る際に、必ずと言っていいほど取り上げられるのが、カナダのD-Wave Systems社です。

同社は量子アニーリング方式の開発に取り組む唯一のリーディングプレイヤーです。量子アニーリング方式は部分最適化の課題解決に限定しているため構築が比較的容易であることもあり、同社はすでに商用化のフェーズへ進んでいます。

それに対してGoogle、IBM、Intel等の大手ITベンダーは汎用量子コンピュータ(量子ゲート)で新たなビジネスを生み出そうと、研究開発に巨額な投資・時間を費やしています。量子ゲートはクラウド環境で一般に提供されていますが、未だ研究・実証実験に留まっていると捉えて良いでしょう。

従来型コンピュータに対して量子コンピュータは、最適化問題に適しています。不確実性要素の高い問いに対して、従来型コンピュータはすべての理論値に当てはめて計算するのに対して、量子コンピュータは一斉に想定される計算を遂行し最適化を最短で導きます。

量子コンピューター

従来型コンピュータ

 

国内での活用事例

量子コンピュータを用いた海外事例は幾つかのメディアで既に取り上げられていますので、ここでは日本国内での活用事例を2つご紹介します。

国内事例は、経済産業省政策シンポジウムで発表されました。

 

事例1)株式会社三井住友ファイナンシャルグループ

同社では、コールセンタースタッフのシフト作成に量子アニーリング方式技術を活用。時間帯に必要なスタッフ数を、過去データをもとに機械学習アルゴリズムで予測

  1. スタッフが勤務可能な曜日・時間帯、各々のスタッフが同種業務を遂行することで、最適なシフトを実現

出典:「次世代コンピュータが実現する革新的ビジネス」三井住友FG 谷崎勝教氏
https://www.youtube.com/watch?v=e5B2UYe5Gng

事例2)株式会社リクルート

旅行・宿泊施設情報サイト『じゃらん net 』では、宿泊予約数を向上させるために量子アニーリングマシンを活用。
訪問ユーザー一人ひとりに対して表示する情報を最適化。

出典:「次世代コンピュータが実現する革新的ビジネス」⑬講演4 リクルートコミュニケーションズ 棚橋耕太郎氏
https://www.youtube.com/watch?v=Pb2wM-nNEk4

この2つの事例はいずれも前述で説明したように最適化処理技術に用いています。

ただ、今回取り上げた事例の通り適用例は発展途上段階とも感じられます。統計学を学んだ方は、「最適化」というキーワードでオペレーションズリサーチ(OR法)の分野における数理最適化を思い浮かべる方も少なくないでしょう。私もその1人で、数多くの最適化に数理最適化を実ビジネスで活かしてきました。

前述の事例は、極論で言えば量子コンピュータを用いなくても従来型コンピュータの数理最適化処理で実装することが理論上では可能です。

量子コンピュータで投資対効果(ROI)に見合ったニーズを導くには、それ相応のボリューム(データ量・演算量)に加えて処理速度を求める現場/シナリオが必要です。

未来を描く理想的なCPS(Cyber-Physical System:サイバーフィジカルシステム)・デジタルツインを実現するためには、広帯域なインフラに加えその上で処理されるアルゴリズム・アプリケーションを処理・解析する必要があります。一歩先の未来が訪れると自ずと量子コンピュータの力量が試されます。

既に実装されている最適化分野においては、因数分解、分子シミュレーション(新しい抗がん剤候補の特定など)、核実験シミュレーション、AI 、気候変動モデリング、資産運用のポートフォリオ分析などへの応用も期待できます。

量子コンピュータありきのビジネスケースを創造する」のではなく、「ニーズありきで量子コンピュータを活かす」という思考を持つと、ビジネス社会・生活者にとって必要不可欠な量子技術のビジネスアイデアが生み出されると考えています。

 

*次回、第三回「どういったところで量子コンピューターを活用できるか」は、5月22日(日)公開予定

 


■著者略歴

塚本幸一郎

ソフトバンク在籍後、SAS Institute・米FICO・セールスフォースにてデータドリブンマーケティング、カスタマサクセス、リスクマネジメントなど数多くのテーマに沿った提案・導入に携わる。
その後、博報堂、電通デジタルでデータサイエンス・デザインシンキングに関わるオファリングに従事。シグマクシス含め複数のコンサルティングファーム及び東京大学医学部発ブティックファームにて最高解析責任者(CAO) パートナー&マネージング・ディレクターとして、数多くの業種へ成長戦略策定・組織変革、経営統合(PMI)、業務プロセス改革・マーチャンダイジング・CRM最適化など上流工程から実行フェーズまで一気通貫で顧客課題・要件に携わる。

現在は非鉄金属大手のフジクラにて、全社経営戦略に関わるデジタル戦略領域をリードしている。 統計学・OR・金融工学・クレジットスコア・行動経済学等のエキスパティーズに裏付けされた、マーケティングモデル導入に関する多くの方法論適用実績を有する。
量子コンピュータ領域に関しては、実ビジネスに活用すべくデジタルツイン時代における新ビジネス領域に、経営戦略とデザインデータサイエンスを掛け合わせた具体的なビジネス開発領域を推進している。