第三回は、日本で現在進行中のテーマの中から、今後発展が期待される領域をご紹介します。
【第三回】どういったところで量子コンピュータを活用できるか
第二回で現在運用されているケース(実例)をいくつかご紹介しましたが、今回は今からどういったシーンで量子コンピュータを利活用できるかを考えてみます。
内閣府は令和4年4月に「AI戦略2022」の策定内容を公表しました。
【AI戦略2022】出典:内閣府
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/index.html
「AI戦略2022」の概要は以下となりますが、あらゆるものを取り巻く環境が変化し将来の予測が困難になっている状況を、AI技術を活用することで解決へ導くものがテーマの骨子になっています。
- 「⼈間尊重」、「多様性」 、「持続可能」の3つの理念のもと、Society 5.0を実現し、SDGsに貢献。
- 3つの理念の実装を念頭に、5つの戦略⽬標(⼈材、産業競争⼒、技術体系、国際に加え、差し迫った危機への対処)を設定。
- 特に、AI戦略2022においては、社会実装の充実に向けて新たな⽬標を設定して推進するとともに、パンデミックや⼤規模災害等の差し迫った危機への対処のための取組を具体化する。
⼤規模災害等の被害の最⼩化に尽⼒することは当然ですが、その後の⽇本の復興をどうするかも⼤課題として取り上げており、“新たなパンデミックのリスクや、⼈⼝減少等に伴う我が国の体⼒の低下やデジタル化の遅れなどにより、危機的な状態へ至るおそれ”をAIで解決へ導くにあたり、内閣府も「AI戦略2022」で以下コメントを発しています。
“これら課題は、AIだけで克服できないが、これまでの閉塞を破る起爆剤としてAIを⼤きく活⽤すべき”
と語っています。ここで注目する点は今までこの量子コンピュータの連載で取り上げてきたように量子技術はまだ未成熟の状況ですが、AIも万能ではないということです。
「起爆剤」という言葉を使うほど、AIで解決できる課題抽出が定まっていないことが読み取れます。ただ、骨子の部分で以下追記コメントが個人的に目に留まりました。
- なお、AIに関しては、経済安全保障の観点の取組も始まることを踏まえ、政府全体として効果的な重点化を図るための関係施策の調整や、量⼦やバイオ等の戦略的取組とのシナジーを追求すべきことを提⽰。
「AI」で解決できない点を「量子技術」を活用することで保管しながら、テクノロジーの発展的向上を図るということです。AI・量子どちらも発展途上、ないしは未知数の可能性を秘めていますが、技術要素を重ね合わせることで今まで想定していなかった可能性が広がります。
内閣府もそれを理解しているようで、AI戦略2022の公表と同じタイミングで「量子未来社会ビジョン」を公開しました。
出典:量子未来社会ビジョン(案)統合イノベーション戦略推進会議(第11回)より
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/11kai/siryo1_3.pdf
統合イノベーション戦略推進会議(第11回)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/11kai/11kai.html
松野官房長官は会議が開かれた4月22日、「今後、量子、AI分野の新戦略の具体化を進めるとともに、教育未来創造会議とも連携し、イノベーションを担う人財の育成等を進めていく」と述べています。
出典:内閣官房内閣広報室ウェブサイト 令和4年4月22日(金)午前より
https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202204/22_a.html
未来社会ビジョンの実現に向けた取組の全体像は以下となります。
少々ビジーなスライドになっていますので、量子を活用する主要技術・イノベーション領域をピックアップします。
主要技術
- 量子コンピュータ・量子シミュレーション
- 量子計測・センシング
- 量子通信・暗号
- 量子マテリアル(量子物性・材料)
主要量子融合イノベーション領域
- 量子AI
- 量子生命
- 量子セキュリティ
いろいろなキーワードが出てきますが、どれもどこかで聞き覚えのあるワードが並んでいますが、要は“量子技術と関連技術とを融合・連携させた「量子融合イノベーション領域」を設定する”ことがビジネス領域で活用するうえで肝要だといういうことです。
量子コンピュータの適用領域は新たに生み出されるニーズというより、AI・ブロックチェーン等の既存である種トレンドになっているテクノロジーを活用している(したい)というシナリオの実現を加速させるために量子を活かす、という考え方が重要です。
先にご紹介した統合イノベーション戦略推進会議で討議されている「量子未来社会ビジョン」の資料を参照してみると実態がよく理解できますが、日本における量子コンピュータのイノベーション創出のための基盤的取組領域は、「オープン・クローズ戦略による量子技術の知財・標準化の推進」を策定しているステージです。量子技術の知財・標準化をさらにブレークダウンすると
- 量子技術に関する民間主導のパテントプールや運営組織の立ち上げ
- 国際的なルール作りを主導する体制
- 量子暗号通信の実用化技術の高度化
といった、まだテーマが具現化する前段階で標準化プロセス制定を進めるという、片手落ちな感も否めません。日本は量子コンピュータ領域において、一般的に諸外国と比較するとビジネスへの適用が遅れているにも関わらず相変わらず研究開発が先行していて、それに追従して量子技術を推進するルールと運営組織を設定するといった状況です。
いろいろな決め事は重要なので、その点は内閣府が主導して進めながら各有識者、または量子コンピュータに高い志を持つ人々は各々で量子を活かすアイデア/テーマの探索を続けるという流れが暫く続きそうです。
現在進行中のテーマで、今後伸び代があると感じているテーマを幾つかご紹介します。
1)量子情報処理領域
日本発の超伝導量子ビットを高集積化・高品質化し、NISQ*デバイスを開発。クラウドサービスで提供(理研)
NISQ*:ノイズのある中規模な量子コンピュータ
量子計算手法を機械学習に適用して、AIの高度化を図っています。(具体的には量子化学・量子物理計算に基づきマテリアルズインフォマティクス等を高度化(阪大))
出典:量子技術イノベーション戦略実現に向けた取組について令和3年2月12日
資料1-1第23回量子科学技術委員会令和3年2月12日
主な成果)
16個の量子ビットを4×4の配列で2次元に集積化、チップ試作を完了量子ビットの制御ソフトウェアを開発、制御試験を開始
2)量子暗号に関する研究開発プロジェクト
地上系と衛星系を組み合わせた量子暗号通信の長距離化・ネットワーク化を可能とする技術の研究開発等を実施
(1) グローバル量子暗号通信網構築のための研究開発
(2)衛星通信における量子暗号技術の研究開発
実施内容)
(1) 地上系量子暗号通信の長距離リンク技術、中継技術、広域ネットワーク化技術等の研究開発を推進中(研究委託先:東芝等)
(2)量子暗号通信技術を超小型衛星に搭載すべく、衛星-地上局間の量子暗号通信技術の研究開発を推進中(研究委託先:次世代宇宙システム技術研究組合(NESTRA)等)
出典:量子技術イノベーション戦略実現に向けた取組について令和3年2月12日
資料1-1第23回量子科学技術委員会令和3年2月12日
3)量子暗号装置の社会実装
商用化が検討されている量子暗号通信装置も活用し、セキュリティ面の強化や社会実装性の向上に必要な試験等を推進
実施内容)
実際に利用した際の攻撃耐性の確認、通信障害への対応策等を様々な観点から検討する試験を実施
出典:量子技術イノベーション戦略実現に向けた取組について令和3年2月12日
資料1-1第23回量子科学技術委員会令和3年2月12日
3点ご紹介しましたが、キーワードも3つです。
量子コンピュータが活かされる領域は、「1:セキュリティ」「2:衛星ネットワーク」そして前述した「3:他技術(特にAI)との組み合わせ」です。ここで挙げたテーマはいずれも新しい領域ではなく、既に取り組みを進めていますが大量データの処理・解析が必要となるため既存型コンピュータではなく、量子コンピュータを併用したほうがより素早く解決の糸口を探ることが可能です。
そして今は切り離せない「サステナブル分野」において、量子技術はAIと併用することで多角的な脱炭素に向けた解決の手段を導き出せると考えています。
具体的に言えば、「不安定な⾷料供給への貢献」「エネルギー供給への対応」「医療・教育へのアクセス改善」「資源の循環化」などの領域にてAIをスパークする道具として量子コンピュータを使います。
今までのテーマをある程度俯瞰したマップ(出典:科学技術振興機構)がありましたので、ご紹介しておきます。
このマップを見ると応用シーンが非常に多いことが理解できるかと思いますが、どれもイノベーションの連鎖に近い視点が多く、新たな領域におけるイノベーションは、日頃の生活・及び世の中で「もっとこうすればよくなるのでは?」といった小さな気付きから生み出されるものです。
固定概念にとらわれず、量子コンピュータと別の要素(テクノロジーでもアイデア、なんでも構いません)を重ね合わせてみると新しい発見が見つかるかもしれません。ぜひ皆さんもお時間がある際に考えてみてください。
出典:科学技術振興機構
https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20220510_n01/
今回の章は、若干アカデミックな視点から量子コンピュータを見つめてみました。技術ドリブンで考えると量子コンピュータは活用シナリオが非常に多いことはご理解いただけたかと思います。
ただ、量子コンピュータを扱う上でテクノロジー的にもビジネス的にも、留意すべき点がありますので、次回(第四回)それらをご説明いたします。
*次回、第4回「量子コンピューターを扱う上で注意すべき点」は2022/6/20(月)公開予定
■著者略歴
塚本幸一郎
ソフトバンク在籍後、SAS Institute・米FICO・セールスフォースにてデータドリブンマーケティング、カスタマサクセス、リスクマネジメントなど数多くのテーマに沿った提案・導入に携わる。
その後、博報堂、電通デジタルでデータサイエンス・デザインシンキングに関わるオファリングに従事。シグマクシス含め複数のコンサルティングファーム及び東京大学医学部発ブティックファームにて最高解析責任者(CAO) パートナー&マネージング・ディレクターとして、数多くの業種へ成長戦略策定・組織変革、経営統合(PMI)、業務プロセス改革・マーチャンダイジング・CRM最適化など上流工程から実行フェーズまで一気通貫で顧客課題・要件に携わる。
現在は非鉄金属大手のフジクラにて、全社経営戦略に関わるデジタル戦略領域をリードしている。 統計学・OR・金融工学・クレジットスコア・行動経済学等のエキスパティーズに裏付けされた、マーケティングモデル導入に関する多くの方法論適用実績を有する。
量子コンピュータ領域に関しては、実ビジネスに活用すべくデジタルツイン時代における新ビジネス領域に、経営戦略とデザインデータサイエンスを掛け合わせた具体的なビジネス開発領域を推進している。