これまでの連載では量子コンピュータの優れた点をお伝えして参りましたが、今回は、いま量子技術が抱える問題や注意点について触れていきます。

第四回 量子コンピュータを扱う上で注意すべき点

第四回のテーマは”量子コンピュータを扱う上で注意すべき点“です。

これまでの三回で如何に量子技術が優れているかという観点で述べてきましたが、注意すべき点に関していくつか触れます。

量子技術は「優れている技術」というより、「未知数の可能性を秘めた技術(テクノロジー)」と置き換えたほうが良いかもしれません。
万能ではない技術だからこそ、他の技術・発想と組み合わせることで新しい可能性が生み出されることに期待を持てますが、定量的な面でまず壁にぶち当たるのが「巡回セールスマン問題です」

巡回セールスマン問題は、「複数の都市を移動するセールスマンが全都市を一度ずつ巡り、総移動コストが最小の経路を求める」という数学の難問です。組合わせ最適化問題の中でも特に有名な問題で、最適解を求める応用技術としてスーパーコンピュータを用いても答えを導き出すのが困難だと認識されています。

都市数をnとすると、可能な経路の総数はn!/2n通り存在します。nが小さいときには、全ての組み合わせを調べることができるので最短経路も分かるというロジックになりますが、nが大きくなると、この組み合わせの総数は爆発的に増加しすべてを総当たりで調べ尽くすことは事実上不可能になります。
このような圧倒的な難問だからこそ解法が、あらゆる角度からこの解答を出すべく多くの統計家がチャレンジしていますが、未だ解決の道筋は見えてきません。

量子コンピュータは最適解を求めることに最適だと述べてきました。しかし、量子計算をもってしても、この難題を解いたというケースは未だ出てきません。量子コンピュータは量子重ね合わせによる並列計算で総当たりすることができ、スピードアップすることが可能ですが、問題を解くために総当たりするべき場合の事前の前処理が実施されなければ、ひたすら答えなき解析を続ける負の連鎖が起きる可能性があるということです。

データ分析も同じく前工程処理が重要で、データクレンジング・ETLの過程を経て初めて機械学習を含む統計解析の力が発揮されます。根拠・準備が無い限り、如何に高速かつ並列処理が実行できても答えが出ません。それは量子コンピュータを持ってしても同じことです。

次にあげる量子コンピュータの注意すべき点は、量子アニーリングと量子ゲートに関する認識です。量子アニーリングは既に実装されているケースが多くありますが、「組合せ最適化に特化したマシン」。言い換えれば「最適化に用いるある種妥協した機能なので、量子ゲート方式のほうが優れている」といったニュアンスの理解を感じる記事を目にすることがあります。

量子ゲート方式はアルゴリズムによって様々な計算を行うことができるので確かに汎用性に優れています。しかし、高速計算が保証されている数式・ロジックは限定されているため、専用機で使用することに適しています。量子アニーリングは、様々な課題解決を求められるロジックに対応できるため、汎用性が有るともいえます。

どちらが優れている技術と言い切れる状況ではなく、量子技術そのものが発展途上段階なわけですから、量子ゲート・量子アニーリング、いずれにも柔軟に対応しながらビジネス開発・研究に立ち向かわないと、せっかく優れた技術も宝の持ち腐れになってしまいます。


最後は注意点というより、人財育成観点になります。
量子技術を活かすためには、それを使いこなすための人財が必要になります。昨今では量子関連の書籍も増えてきましたが、まだ学習する環境は十分に整っていません。Study-AIに代表されるようなeラーニング機関のように、ディープラーニング人財(いわゆるAI人財育成)を育てるための土俵は日本でも醸成され始めましたが、量子コンピュータ教育の領域はまだまだ未開の地とも言えます。

“量子情報を理解し、使いこなせる人財”である「量子ネイティブ」を育てるためのプラットフォームが作られることを期待しています。

量子技術の中核を支える人財の定義は以下となります。

• 量子技術の専門性と高度スキル人財として期待される知識や技能の両立
• 量子科学分野の人財の多様なキャリアパスを可能とする人財育成
• 多様な専門的バックグラウンドをもつ優秀な人財の量子技術分野への参入
• 分野 融合研究、社会実装、量子新技術の社会への導入と普及を支える人財

学びの育成という観点では、大学・大学院で学ぶという選択肢もありますが、ビジネス現場で経験を積んだ社会人にも量子コンピュータを学ぶ選択肢が増えれば喜ばしいことです。


出典:https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/kento_wg/8kai/siryo4.pdf をもとに筆者作成

日本国内で“量子人財”,“量子コンピュータカオスマップ”等のキーワードでウェブサイトを検索すると、いくつかの教育を提供している事業会社が存在することがわかりますが、まだベンダーに特化した教育や、ビジネス観点が濃くないテクノロジードリブンな内容が多い気がします。

量子コンピュータを専門とした教育観点では、今回連載寄稿の機会をいただいたStudy-AIに講座を設けていただくことを期待しています。

第五回は、「量子コンピュータをビジネスで活かすための発想」をテーマにお話を進めます。

*次回、第五回「量子コンピュータをビジネスで活かすための発想」は2022年7月20日(水)公開予定


■著者略歴

塚本幸一郎

ソフトバンク在籍後、SAS Institute・米FICO・セールスフォースにてデータドリブンマーケティング、カスタマサクセス、リスクマネジメントなど数多くのテーマに沿った提案・導入に携わる。
その後、博報堂、電通デジタルでデータサイエンス・デザインシンキングに関わるオファリングに従事。シグマクシス含め複数のコンサルティングファーム及び東京大学医学部発ブティックファームにて最高解析責任者(CAO) パートナー&マネージング・ディレクターとして、数多くの業種へ成長戦略策定・組織変革、経営統合(PMI)、業務プロセス改革・マーチャンダイジング・CRM最適化など上流工程から実行フェーズまで一気通貫で顧客課題・要件に携わる。

現在は非鉄金属大手のフジクラにて、全社経営戦略に関わるデジタル戦略領域をリードしている。 統計学・OR・金融工学・クレジットスコア・行動経済学等のエキスパティーズに裏付けされた、マーケティングモデル導入に関する多くの方法論適用実績を有する。
量子コンピュータ領域に関しては、実ビジネスに活用すべくデジタルツイン時代における新ビジネス領域に、経営戦略とデザインデータサイエンスを掛け合わせた具体的なビジネス開発領域を推進している。