さて、全6回に渡ってお届けしてまいりましたコラム「量子コンピュータのビジネス活用」も、今回でついに最終回となります。
第六回:これから訪れる仮想空間(メタバース)へ量子力学を活かす
最後は最近なにかと話題なメタバース・ウェブ3に関して触れます。
米ガートナー(Gartner)のハイプサイクル(Hype Cycle)は、テクノロジーやサービス、関連する概念、手法などの認知度や成熟度などを視覚的に示した図表ですが、2022年9月1日に同社が公開した最新のハイプサイクルでは、量子コンピュータに加えてメタバースが縦軸の期待度で最も高く注目される分野として取り上げられています。
(同サイクルではテクノロジー普及のプロセスを、「黎明期」「過度な期待のピーク期」「幻滅期」「啓発期」「生産性の安定期」の5段階に分けられています)
「過度な期待」のピーク期には、量子コンピュータ・メタバースのほか、NFT(非代替性トークン)やWeb3なども位置づけされています。
出典:日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプサイクル:2022年(出典:ガートナー ジャパン)
主流の採用までに要する年数が黄色い△の「10年以上」と推察されているのは、量子コンピュータと同様にバズワードとも言えるほど毎日のようにメディア記事で目にするメタバース(ウェブ3)は、「直ぐに活用されるものではないけれど、今のうちにキャッチアップしておくべき注目すべきトレンドである」ということの現れです。
ビジネスにおいて。メタバースは事業規模拡大のチャンスに溢れていて、社会・生活者観点からすると、より没入感の高い仮想体験により共通の価値観に基づいて人々をコミュニティに導き、より自分らしい方法で自分自身を表現することができる希望に満ちた世界です。
メタバースに真っ先にコミットしたのが、旧Facebook社です。社名を「Meta」に変更するほど、メタバース事業に対する本気度は企業の命運を掛けた事業ピボットといっても大げさではないです。
出典: Meta社 ウェブサイト
メタバースは仮想空間を基に設計されたものですが、その世界観へ入り込むためにはサーバー・クライアント・スマホなどのコンピュータ機器を使うことになります。当然ながら大きなトラフィックと処理能力が必要になるので、その点がボトルネックとなりメタバースの発展の足かせになる可能性があります。
まずはクライアント(メタバースの世界へ入り込む生活者「ユーザー」側)からアクセスすることによるボトルネックを紹介します。
パレードなどの密集や繁忙期は難しいかもしれませんが、平均123人/分(=同時接続数123)であれば、簡易アバターであればハードの進化で5,6年ぐらいの間にスマホでメタバースのディズニーランドは再現可能かも
「ユーザーは完全な簡易アバターのみ」「近くにいる人のみトラッキングが同期する」「トラッキングは位置と回転のみで手足のトラッキングはなし」「クラウドレンダリングして動画だけストリームする」といった、結構な工夫がないと難しい
出典:メタバースのビジネスモデルと技術限界 @kotauchisunsun(Psychic VR Lab) https://www.slideshare.net/ryokurauchi10/ss-250898278
https://qiita.com/kotauchisunsun/items/61df6db21ac9baf09774
ここで挙げたのはメタバースで使われる、ブロックチェーン、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、AI知能、3D構築、IoT、高速通信技術の7つの最新技術のなかの、通信技術に起因しているものですが、通信技術を支えるものはサーバー等の機器が利用されています。
メタバースを構築し、維持するためには、サーバーやネットワークなどの情報処理・情報通信インフラと、これらを動かすためのエネルギーが必要です。
出典:メタバースのシステム構成論 – 総務省
https://www.soumu.go.jp/main_content/000822521.pdf
メタバースを構成する3つの基本要素
上記に挙げた3つの要素を動かす際のエネルギーとして、既存のサーバー・通信技術の動力として量子力学を使うことが期待されます。ただ、今はゲーム以外の分野で目覚ましくメタバースがあらゆる点で利用されている現状ではないので、量子力学を使う以前に「ビジネスとして如何にメタバースの世界観を実現するか?」という論争の真っ只中という感覚です。よって一般的に想定されているメタバースの利用シナリオにとらわれることなく、今回の連載の第5回で触れたように「社会経済システム全体に量子技術を取り入れていく俯瞰的な視点が重要」です。
一般的なシナリオを参考までに掲載しておきます。
メタバースの応用型7類型の概要
量子力学・メタバースいずれも発展的段階でありながら、無限の可能性を秘めた夢のある世界観(技術)です。全6回の章で量子コンピュータの可能性に関して掻い摘んで説明しましたが、この連載を読んで少しでも皆さんの量子コンピュータを活かすヒントとモチベーションに繋がれば幸いです。
さいごに量子未来社会ビジョンの統合イノベーション戦略推進会議(第11回)の言葉を引用して締めくくります。
量子技術が誕生した 20 世紀は、原子力、トランジスタに端を発する半導体エレクトロニクス、レーザーなど量子力学に基づく新しい技術が次々に生み出され、科学技術の革新と社会の進歩を牽引した。
しかし、量子力学には、重ね合わせ状態が観測と同時に一つの値に定まること(波束の収縮)や量子もつれ(エンタングルメント)といった、量子力学特有の原理を内包している。これらは我々が普段なじんでいる古典物理学の世界と質的に異なるものであり、量子論における観測問題といった、検証すべき学問的対象であった。やがて 20 世紀の後半には、それが新たな技術革新をもたらす夢の技術として位置づけられるようになった。
今世紀に入ってから、実験・理論の両面での進歩により、量子技術は「検証」から「制御」へと急速に発展している。例えば、量子コンピュータでは、一つ一つの原子や電子の量子状態を思い通りに制御して、量子計算に利用するという一昔前の夢の技術が現実のものとなりつつある。
これからは、より大規模な量子系を制御することも可能となるだろう。それによって、情報処理やセキュアな通信、超高感度なセンシングなどに量子技術を本格的に活用する時代がやってくる。本ビジョンは、こうした新たな時代において、量子技術を有効に利用していくための基本的考え方や取組の方向性を示したものである。
これらは人類がまだ手にしたことのない技術であり、将来、社会経済の姿を変え、これまでにない恩恵をもたらすことが期待される。しかし、逆に悪意をもって利用した場合には、甚大な害悪をもたらすおそれもある。したがって、我々は、新しい技術の本質を自ら究め、それが経済成長のみならず、人と環境の調和、人々の幸福(心豊かな暮らし)も見据えて、人類の共有財産として利活用されるように主体的に取り組み、その革新を主導すべきである。
これまでの量子技術の発展は、研究者の好奇心と地道な努力の成果でもある。これからは、産業界が量子技術の恩恵を社会に届ける大きな役割を果たすだろう。
今後、産学が手を取り合って、量子技術をさらに発展させ、そして社会経済に大きな恩恵をもたらしていくことを期待する。
■著者略歴
塚本幸一郎
ソフトバンク在籍後、SAS Institute・米FICO・セールスフォースにてデータドリブンマーケティング、カスタマサクセス、リスクマネジメントなど数多くのテーマに沿った提案・導入に携わる。
その後、博報堂、電通デジタルでデータサイエンス・デザインシンキングに関わるオファリングに従事。シグマクシス含め複数のコンサルティングファーム及び東京大学医学部発ブティックファームにて最高解析責任者(CAO) パートナー&マネージング・ディレクターとして、数多くの業種へ成長戦略策定・組織変革、経営統合(PMI)、業務プロセス改革・マーチャンダイジング・CRM最適化など上流工程から実行フェーズまで一気通貫で顧客課題・要件に携わる。
現在は非鉄金属大手のフジクラにて、全社経営戦略に関わるデジタル戦略領域をリードしている。 統計学・OR・金融工学・クレジットスコア・行動経済学等のエキスパティーズに裏付けされた、マーケティングモデル導入に関する多くの方法論適用実績を有する。
量子コンピュータ領域に関しては、実ビジネスに活用すべくデジタルツイン時代における新ビジネス領域に、経営戦略とデザインデータサイエンスを掛け合わせた具体的なビジネス開発領域を推進している。